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「胚培養士」の紹介

みなさん、こんにちは。
私たちは一般財団法人倉敷成人病センター・倉敷成人病クリニック・体外受精センターで働く胚培養士です。

「胚培養士」という職種は聞きなれないと思います。
ここでは胚培養士の紹介を致します。
胚培養士とは、病院において医師の指導のもと、体外受精などの不妊治療を行う医療技術者です。
国家資格はなく、学会認定資格があります。
日本卵子学会と日本臨床エンブリオロジスト学会の2学会がそれぞれ認定制度を設けています。

日本卵子学会の場合、体外受精登録施設において、30例以上の体外受精を自分自身で行った実績を含む1年以上の臨床実務経験があること等で申請資格が得られ、面接と筆記試験に合格することによって資格が認定されます(日本卵子学会のホームページより)。

この胚培養士という職種の誕生について簡単に説明します。
歴史的にみると、まず生殖補助技術が動物領域において確立されました。
それがヒトの生殖補助医療分野に応用されるようになり、1978年にEdwards とSteptoeによってイギリスで体外受精児が誕生しました。
Steptoe 氏は産婦人科医師ですがEdwards氏は医師ではなく動物学者です。
この成功により不妊治療領域への生殖補助医療技術(Assisted Reproductive Technology; ART)の導入が革新的な成果をもたらすことが確認されました。
同時に医師以外の専門家がスタッフとして治療に加わるという、従来の臨床医学にはない治療方法が誕生しました。
そしてARTを駆使できる技術者、すなわち胚培養士という新しい職種が生まれました。
この職種が最初に文献上に登場したのは1985年1)と思われます。
Edwards氏は胚培養士の先駆者であり、その功績により2010年にノーベル生理学・医学賞が授与されました。

体外受精は世界中に普及し、体外受精による出生児数は今や累計400万人以上になります。
日本では年間42554人(2013年)2)が生まれ、24人に1人の子は体外受精で生まれています。
体外受精の施設も増え、2014年の時点で日本産婦人科学会へ体外受精の臨床実施に関する登録がなされている施設は589施設あります。
これに伴い胚培養士も増え、日本卵子学会認定の生殖補助医療胚培養士が2012年の時点で1006名3)存在し、日本臨床エンブリオロジスト学会認定の認定エンブリオロジスト、更に資格を取っていない胚培養士も合わせると、全国に推定で2000名から2500名3)存在すると思われます。

胚培養士の学歴の専門性はさまざまで、日本卵子学会2013年の報告3) では、生物・動物関連学科が41.3%で増加傾向にあります。次いで臨床検査・衛生技術関連学科が41.1%です。
教育背景としては大学(4年制・6年制)卒業者・大学院修了者が64%、専門学校(3年制)が21%、短期大学が15%です。全体の80%が女性です。
最も多い生物・動物関連学科の人たちは、大学の研究室で実験動物を使って体外受精・顕微授精・胚培養・胚凍結保存などを経験しています。生殖の機序においてヒトと動物では異なる点も多くありますが、体外受精の研究に関しては動物の方が先行しており、今行われているヒトの体外受精技術は動物での生殖工学技術が基礎になっています。検査技師の場合、卵や精子を扱うため、それぞれの医療機関が独自に行う研修や学会主催の研修を経て臨床の現場に出ることになります。

体外受精はイギリスで生まれましたが、2012年の時点では体外受精関連治療数(体外受精+顕微授精+胚凍結)は日本が最も多く、年間約32万6千件2)、次いでアメリカが約17万6千件(アメリカCDCホームページより)となっています。
アメリカの場合、ART施設のスタッフは、アメリカ生殖医学会のガイドラインにより培養室長、培養室管理者、培養室職員に分類されています4)
2006年より、培養室長にはHCLD(高度生殖医療培養室長資格)かABB-ELD(American Board of Bioanalysis Embryology Laboratory Director)、あるいはそれに相当する資格が必要とされるようになりました。
日本では、日本卵子学会が2007年から胚培養士職務を統括する管理胚培養士の認定を行っています。

管理胚培養士の受験資格は、胚培養士の資格を5年以上有し、5年以上の臨床実務経験があり、博士号を取得しており、直近の5年間に3編以上の論文発表をしていること等であります。
すなわち、培養室管理者として高度な基礎的知識があり、かつ臨床でも現役で活動していることが求められます。
胚培養士はヒトの生命の誕生に直接携わるため、高度の知識、技術そして倫理観が求められます。
本来ならば養成機関があるべきなのですが、2015年時点で全国にわずか3ヶ所です。
大学院では徳島大学医学部大学院の生殖・更年期医療学分野と、国際医療福祉大学大学院の生殖補助医療胚培養分野の2箇所、大学では岡山大学ARTセンターの1箇所です。
ただし3ヶ所とも、卒業しても資格は付与されません。
次にもっと身近なお話をしたいと思います。
岡山県の場合、体外受精・顕微授精・胚凍結保存の臨床実施に関する登録施設は2015年時点で9ヵ所あります(日本産婦人科学会ホームページ、登録施設一覧より)。
この内8ヵ所が岡山市と倉敷市の県南に集中しています。

倉敷成人病センターにおいては、胚培養士は診療支援部に属します。
体外受精(IVF)センターがクリニック6階にあり、診療支援部IVFには 6名のスタッフがおります。
4名が胚培養士(生殖補助医療胚培養士)です。

主におこなっている体外受精の具体的な進行としては、まず朝患者さんから7-8個の卵子を採卵します。
お昼に精子を調整し、体外受精もしくは顕微授精を行います。
顕微授精では精子1個でも受精可能です。
そこで射出精液中に精子がいない場合、精巣から精子を回収し、一旦凍結保存しておき、後に融解して受精させることもあります。
この精巣精子の回収は泌尿器の医師ならびに手術室のスタッフの方々にご協力いただきます。
翌朝受精を確認します。受精卵はそのまま培養器内で培養します。
5日間培養し、胚盤胞にまで発育した受精卵を患者さんの子宮に移植します。
2個以上胚を移植すると多胎になる可能性があるため1個だけ移植します。
移植しなかった余剰の胚盤胞は-196℃の液体窒素中に1個づつ凍結保存します。超急速凍結法によって凍結します。
新鮮胚移植で妊娠に至らなかった場合は別の周期で凍結胚を1個融解し移植します。

当院における体外受精の特徴は、機器に関しては卵子に対して低侵襲性のピエゾ顕微授精装置や個別培養可能ラック式インキュベーターなどを備えていること、培養液に関してはヒトアルブミンやウシ組織由来ヒアルロニダーゼなどの動物由来成分を含まない培養液を使用していることで、患者さんに安全・安心な治療を提供できるよう工夫しています。
胚培養士はこのように機器の選定や管理、培養液の調整、培養室の施設管理・運営なども行います。
これらは学会や研修会などで学習してきたことを反映させます。
また、これらを自ら改善することもあります。得られた成果は国内外の学会や論文で発表します。

最後になりましたが、胚培養士として最も重要な仕事があります。
それは、精子や受精卵の取り違え防止です。
体外受精センターでは全ての作業行程でダブルチェックを行い、それを詳細に記録しています。

患者さんは一日でも早く元気で健康な赤ちゃんを抱きしめたいと願われていると思います。
そのため我々胚培養士はスタッフ一丸となり、最新の治療法と最高の技術で患者さんに報いたいと思っております。

参考文献
1.Brave new world (1985): Lancet, 1, 535.
2.齊藤英和, 石原 理,久具宏司,久保田俊郎,桑原 章,澤倫太郎,阪埜浩司 (2015):平成26年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告 (2013 年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績および2015 年 7 月における登録施設名). 日産婦誌., 67(9), 2077-2121.
3.柳田薫, 新村末雄, 紫原浩章, 寺田幸弘, 齊藤英和, 遠藤克 (2013):わが国における生殖補助医療胚培養士の現状2012. J. Mamm. Ova Res., 30(2), 59-65.
4.柳田薫:生殖補助医療により生まれた児の長期予後の検証と生殖補助医療技術の標準化に関する研究 -各国の生殖補助医療の現状と生殖補助医療を実施する適応および施設の基準に関する研究-. 厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)分担研究報告書 168-219.